LOGINフィオナがルシェムに来たのは、謁見から二週間後のことだった。
予告なしだった。 朝、市場から戻ったマリオが、息を切らして事務室に飛び込んできた。 「フィオナさんが来た」 「どこに?」 「市場の入り口。馬車で来てる。荷物が多い」 「荷物が多い?」 「トランクが二つある」 エリナは少しだけ止まった。 「泊まりではなく、しばらくいるつもりですか」 「そういうことじゃないか? 迎えに行くか?」 「行きます」市場の入り口に着くと、フィオナが馬車の横に立っていた。
久しぶりに、ルシェムで見るフィオナだった。 王都で会った時とは少し違って見えた。服装は変わらないが、顔が少し違う。 疲れている、と手紙に書いていた。 確かに、少し疲れた顔をしていた。 でも、エリナを見た瞬間、目が変わった。 「来た」 「来ましたね、予告なしで」 「予告したら、準備されすぎると思って。あなたのことだから、部屋を完璧に整えて、食事まで用意して待っていそうだから」 「そうしようとしていました」 「でしょう。だから、言わなかった」 「荷物が多いですね」 「しばらくいようと思って」フィオナが少しだけ声を落とした。
「王都からの仕事は、手紙でできる部分も多い。しばらくルシェムで動きながら、こちらの空気も吸いたかった」
「どのくらい?」 「一週間か、二週間か。決めていない」 「決めなくていいです。いたいだけいてください」マリオが荷物を運んでくれた。
フィオナが見ると、少し驚いた顔をした。 「マリオ、大きくなった?」 「なってないと思うけど、フィオナさんが久しぶりに会うから大きく見えるだけじゃないか?」 「そうかもしれない。でも、なんか違う。顔が違う」 「どう違う?」 「前より、落ち着いた顔をしてる」 「そうかな」マリオが頭を掻いた。
「俺はいつも同じだと思うけど」
「変わった人間は、自分では気づかないもの。エリナもそうだし、私もそうだし」 「フィオナさんも変わったのか?」 「変わった。王都で一人でいると、いろんなことを考える」 「そうか」マリオが頷いた。「まあ、ゆっくりしていってくれ。ルシェムは、王都より静かだから」 「それが目的だから」フィオナが笑った。ルナが、事務室から顔を出した。
フィオナを見て、少しだけ目が動いた。 「ルナ、久しぶり」 「久しぶり。来た」 「来た。王都から」 「遠かった?」 「少し。でも、来てよかった」 「猫が増えた」 「え?」 「三匹いる」 「そうなの?」フィオナが少し目を丸くした。
「前は一匹だったのに」
「来た」 「猫が来たの?」 「なぜか来る。いつの間にかいる」 「ルナの周りだから、そうなるのかもしれない。動物に好かれる人だから」 「そう言われる。フィオナは、好かれない?」 「猫には、あまり。人間には、そこそこ」 「そう。猫は正直だから」 「それは、どういう意味かしら」 「フィオナは、少し怖い感じがするから。猫は怖い感じがする人を避ける。でも、悪い怖さじゃない」 「どういう怖さ?」 「全部を見てる感じ。猫は、全部を見てる人が苦手」 フィオナが少しだけ、口の端を動かした。 「なるほど。ルナに分析されるとは思わなかった」 「違う?」 「違わない。正確すぎて、少し怖い」 「だから、猫に避けられる」昼食を四人で食べた。
エリナ、マリオ、ルナ、フィオナ。 豆のスープと、パン。 フィオナが一口飲んで、少しだけ目を細めた。 「これ、エリナが作ったやつ?」 「そうです」 「最初にルシェムに来た時も、このスープを食べた気がする」 「同じものです」 「変わらないね」 「変わらない方がいいものもあります」 「そうね。このスープは、変わらなくていい」 マリオが言った。 「フィオナさん、王都どうだった。疲れた?」 「疲れた。でも、いい疲れと悪い疲れがある。王都での仕事は、いい疲れだった。でも、積み重なると、ただの疲れになる」 「それで、来たのか」 「そう。ルシェムの空気を吸いに来た」 「ルシェムの空気、特別なものでもないけどな」 「あなたはそう感じないかもしれない。でも、私には特別だ。知っている人たちがいる場所の空気は、違う」 マリオが少しだけ黙った。 「そうか。じゃあ、ゆっくりしていってくれ」 「そうする」午後、フィオナとエリナは二人で事務室に入った。
フィオナが荷物の中から手帳を取り出した。 「仕事の話もしたい。王都の状況を、直接話したい」 「はい」 「クロヴェルは、今のところ大きな動きがない。でも、内部で何かを考えているはずだ。次の手が来るとしたら、春ごろかもしれない」 「春、ですか」 「陛下が謁見で言及してから、表立って動きにくくなっている。でも、クロヴェルは長期戦が得意だから、タイミングを見ている可能性がある」 「その時のために、今から準備する必要がありますね」 「そう。それと、一つ気になる動きがある」 「何ですか?」 「クロヴェルが、商人ギルドの一部と接触を再開している。前回は流通への介入を試みた。今回は、別のことを考えているかもしれない」 「別のこと、とは?」 「模造品。アッシュフォード商会の石鹸に似た製品を、別の商会が販売し始める可能性がある。価格を下げて、品質を落として。そうすることで、石鹸全体のイメージを悪化させる作戦だ」 「それは——証明が難しい」 「そう。誰が作っているかを特定するのが難しい。でも、品質基準の公開が、ここで生きてくる」 「学院の確認書が、私たちの品質を担保している」 「そうだ。模造品が出ても、学院が確認した基準を満たしているかどうかで、区別できる」 「品質基準の公開を、もう少し広く周知する必要がありますね」 「そう思う。各町の薬屋に配るのが一番早い。薬屋が知っていれば、消費者に説明できる」 「ゴードンさんに相談します。今週中に動ける」 「助かる。こういう話が、直接できるのがいい。手紙だと、どうしても時間がかかる」 「フィオナがいてくれると、動きが速くなります」 「それが、来た理由の一つでもある。疲れを取るためだけじゃなくて、直接動きたかった」夕方、フィオナがルシェムの町を歩きたいと言った。
マリオが案内役を申し出た。 「市場を見せてあげるよ。マルタさんにも会えるし」 「マルタさん、元気?」 「元気だよ。声が大きいのも変わらない」 「そう、会いたいな」 二人で出かけていった。 エリナはルナと作業場に残って、薬草の在庫確認をした。 「フィオナ、変わった?」ルナが棚を見ながら聞いた。
「変わったと思います。でも、フィオナらしさは変わっていない」 「そういうもの?」 「そういうものだと思います」 「エリナも、変わったけどエリナらしい」 「そうですか?」 「そう」ルナが棚の瓶を一つ手に取って、確認した。
「変わることと、変わらないことが、両方ある。それがいい」
「どちらかだけでは、ダメですか?」 「ダメじゃない。でも、両方あると強い。根っこが変わらないまま、枝が伸びる。そういう感じ」 エリナは少しだけ、その言葉を考えた。 根っこが変わらないまま、枝が伸びる。 「ルナは、木が好きですか」 「好き」 「なぜですか?」 「ゆっくり育つから。急がない。でも、ちゃんと伸びる」夜、マリオとフィオナが市場から戻ってきた。
フィオナがマルタとグレンに会ったらしく、少し顔色が良くなっていた。 「マルタさん、相変わらずだった。声が大きくて、笑い声が遠くまで聞こえる」 「そうでしょう」 「グレンさんにも会った。あの人、無口だけど、いい目をしてる」 「そうですね」 「ルシェムの人たちは、みんな、自分の場所を持っている感じがする」フィオナが静かに言った。「王都の人たちとは、少し違う」 「どう違いますか?」 「王都の人たちは、どこか次の場所を見ている。でも、ルシェムの人たちは、ここにいる。それが、いいと思った」 「ここにいる、ということが」 「そう。私は、ずっと次の場所を見てきた。ベルナを出て、王都に来て、次は何かと考えてきた。でも、ルシェムに来て、ここにいる人たちを見て、少し思った」 「何を?」 「いつか、私もどこかにいる、という場所を作りたい」フィオナが静かに言った。「次の場所ではなく、ここ、という場所を」 エリナは少しだけ、フィオナを見た。 疲れている、と手紙に書いていた。 でも、それだけではなかった。 次の場所を探し続けることに、疲れていたのかもしれない。 「フィオナ」 「何?」 「ルシェムが、そういう場所になることはありますか?」 フィオナが少しだけ止まった。 「なるかもしれない」フィオナが静かに言った。
「まだわからない。でも、なるかもしれない」
「なったら、教えてください」 「教える。その時は、エリナに一番最初に言う」夜、全員で夕食を食べた。
エリナ、セレーナ、マリオ、ルナ、フィオナ、ゴードン。 久しぶりに、長屋が人で賑やかだった。 セレーナがフィオナに話しかけていた。フィオナがセレーナに王都の話をしていた。マリオがルナに何かを言って、ルナが首を傾げていた。ゴードンが静かに食事をしていた。 エリナはその場面を、少しだけ見ていた。 一年半前、この長屋には自分と母だけだった。 今は、こんなに人がいる。 テーブルの周りの人たちを、順番に見た。 全員が、ここにいる。 それが、今夜一番大事なことだった。食事が終わって、フィオナが言った。
「エリナ、一つだけ聞いていい?」 「どうぞ」 「レインからの手紙、最近どんな内容だった?」 エリナは少しだけ考えた。 「図書室の話が来ました。父の記録書の話」 「それだけ?」 「衛生教育の話もありました」 「それだけ?」 「……個人的なことも、少し」 「どんな?」 「廊下を歩きながら、手紙のことを考えている、という話でした」 フィオナが少しだけ目を細めた。 「そういうことを書いてくるんだ」 「書いてきました」 「で、あなたはどう返した?」 「私も同じです、と」 フィオナがしばらくエリナを見た。 それから、小さく笑った。声には出なかった。でも、笑った。 「いい返し方ね」 「そうですか?」 「そうよ。それ以上でも、それ以下でもない。あなたらしい」 「褒めていますか?」 「褒めてる、絶対に」夜、エリナは机に向かった。
レインへの手紙を書いた。 レインへ 今日、フィオナがルシェムに来ました。予告なしで。 久しぶりにルシェムのみんなと一緒に夕食を食べました。セレーナ、マリオ、ルナ、ゴードンさん、フィオナ。テーブルの周りに、全員がいました。 一年半前、この長屋には私と母しかいなかった。今日は、こんなに人がいた。 それを、あなたに知っていてほしかった。 フィオナが、レインからの手紙の話を聞いてきました。「廊下を歩きながら、手紙のことを考えている」という話を話したら、フィオナが笑いました。何も言いませんでしたが、笑いました。 フィオナの笑い方が、何かを知っている笑い方でした。 また来ると言ってくれた。待っています。 ――エリナ―― 書いて、封をした。 「テーブルの周りに、全員がいました」という一行を、書く前に少し考えた。 でも、届けたかった。 今日の夕食の場面を、レインに知っていてほしかった。ランプを吹き消した。
隣の部屋から、フィオナが寝る準備をする音が聞こえた。 マリオが手配してくれた部屋に、フィオナが泊まっていた。 ルシェムに、フィオナがいる。 エリナ・アッシュフォード、八歳。 今日、テーブルの周りに全員がいた。 それが今夜、一番大事なことだった。フィオナがルシェムに来たのは、謁見から二週間後のことだった。 予告なしだった。 朝、市場から戻ったマリオが、息を切らして事務室に飛び込んできた。 「フィオナさんが来た」「どこに?」「市場の入り口。馬車で来てる。荷物が多い」「荷物が多い?」「トランクが二つある」 エリナは少しだけ止まった。 「泊まりではなく、しばらくいるつもりですか」「そういうことじゃないか? 迎えに行くか?」「行きます」 市場の入り口に着くと、フィオナが馬車の横に立っていた。 久しぶりに、ルシェムで見るフィオナだった。 王都で会った時とは少し違って見えた。服装は変わらないが、顔が少し違う。 疲れている、と手紙に書いていた。 確かに、少し疲れた顔をしていた。 でも、エリナを見た瞬間、目が変わった。 「来た」「来ましたね、予告なしで」「予告したら、準備されすぎると思って。あなたのことだから、部屋を完璧に整えて、食事まで用意して待っていそうだから」「そうしようとしていました」「でしょう。だから、言わなかった」「荷物が多いですね」「しばらくいようと思って」 フィオナが少しだけ声を落とした。「王都からの仕事は、手紙でできる部分も多い。しばらくルシェムで動きながら、こちらの空気も吸いたかった」「どのくらい?」「一週間か、二週間か。決めていない」「決めなくていいです。いたいだけいてください」 マリオが荷物を運んでくれた。 フィオナが見ると、少し驚いた顔をした。 「マリオ、大きくなった?」「なってないと思うけど、フィオナさんが久しぶりに会うから大きく見えるだけじゃないか?」「そうかもしれない。でも、なんか違う。顔が違う」「どう違う?」「前より、落ち着いた顔をしてる」「そうかな」
翌日から、エリナは動き始めた。 といっても、急いでいるわけではなかった。 落ち着いて、一つずつ。 謁見の翌日以降に何をするかは、帰り道の馬車の中でゴードンと話し合っていた。 優先順位は決まっていた。 一つ目、商会の代表変更の正式書類を処理する。二つ目、各町の現場責任者に謁見の結果を報告する。三つ目、フィオナと連携して規制案の継続審議への対応を続ける。四つ目、学院の衛生教育の検討に、商会として協力できることを提示する。 どれも、急ぎではない。 でも、止まってもいない。 まず、商会の代表変更の書類が届いた。 アルバ殿下が約束した通り、一週間以内に書状が来た。 正式な書類に、エリナ・アッシュフォードの名前が入っていた。 アッシュフォード商会の代表者、エリナ・アッシュフォード。 ゴードンがその書類を机の上に置いた。 「これで、正式になりました」「そうですね」「どういう気持ちですか?」 エリナは少しだけ考えた。 「思っていたより、静かな気持ちです」「静か、とは」「もっと大きな感情が来ると思っていた。でも、静かだった。当たり前のことが、形になった、という感じです」「それが、正しい感覚だと思います」ゴードンが静かに言った。「当たり前のことを積み上げてきたから、当たり前に形になった」「ゴードンさん」「はい」「代表名義をずっと引き受けてくれていた。本当にありがとうございました」「礼はいりません。でも、受け取ります」 それだけだった。 それで十分だった。 次に、各町の現場責任者への報告をした。 マグダ、シェナ、ジルカに、それぞれ手紙を書いた。 謁見の結果。陛下が約束を守ってくれたこと。商会の活動が引き続き認められたこと。今後も続けることができること。 返事は、それぞれ三日以内に来た。 マグダから。 エリナちゃん
ルシェムに帰った翌朝、エリナはいつもより少しだけ遅く起きた。 目が覚めた時、空はすでに明るかった。 珍しいことだった。 いつもは夜明け前に目が覚める。でも今朝は、光が差し込んでから目が開いた。 しばらく、布団の中でそのままいた。 これも珍しいことだった。 起きたら、すぐに動く。それがいつものエリナだった。 でも今朝は、少しだけそのままいた。 窓の外から、ルシェムの朝の音が聞こえた。 市場へ向かう人の足音。遠くで犬が吠える声。風が木の葉を揺らす音。 帰ってきた、と思った。 昨日も思った。でも、今朝も思った。 ここが、自分の場所だ。 台所に行くと、セレーナが先にいた。 「おはよう」「おはようございます」「よく眠れた?」「はい。遅くまで眠っていました」「そう。今日くらいは、いいんじゃない?」「そうかもしれません」 薬草茶を作りながら、エリナは窓の外を見た。 冬の朝の空は、澄んでいた。 「お母さん」「うん」「昨日、ゴードンさんから聞いた話があります」「何?」「学院が、来年から衛生教育を取り入れることを検討しているそうです。石鹸の使い方、薬草薬の知識、傷の手当ての手順を、学院の教育に組み込む話が始まっている」 セレーナが少しだけ手を止めた。 「それって、どういうことになるの」「学院で教えれば、学院の生徒が卒業して各地に行く時に、その知識を持っていく。一人が届けられる場所より、ずっと広い範囲に届く」「あなたが一年でやったことが、もっと広がるということ?」「そうなるかもしれません」「お父さんが聞いたら、何と言うかしら」 エリナは少しだけ考えた。 「『私よりうまくやっている』と言うか、それとも『まだ足りない』と言うか」「この前も同じことを言ったわね」「同じこ
翌朝、エリナは早く起きた。 今日、ルシェムに帰る。 荷物を確認した。報告書の写し。確認書の写し。殿下から預かったアッシュフォード商会の正式な代表変更に関する書状の下書き。そして、セレーナへの手紙。 全部、ある。 朝食を三人で食べた。 フィオナが、珍しく朝から饒舌だった。 「昨夜の話、全部聞かせてもらうって言ったけど」「聞きますか?」「聞く。でも、今は聞かない」「なぜですか?」「あなたの顔を見れば、大体わかるから。今日は、その顔で十分」「どんな顔をしていますか?」 ゴードンが静かに言った。 「昨日フィオナが見たかった顔」 出発前に、フィオナと二人になった。 宿の前の小さな通りで、少しだけ話した。 「フィオナ、これからどうするんですか?」「王都にいる。まだやることがある。規制案はまだ継続審議のままだ。陛下が認めたとはいえ、クロヴェルが諦めたわけじゃない」「そうですね」「でも、今日は違う話をしたい」「どんな話ですか?」「あなたが帰った後のことを、少し考えた。王都に来てからの一年間、私はずっとここで動いていた。でも、いつかルシェムに行ってみたいと思っている」「ルシェムに?」「マリオとルナに、会いたい。あなたが話してくれた人たちに。あなたが動いてきた場所を、見てみたい」「来てください、必ず」「いつ行けるかはわからない。でも、行く」「待っています」 フィオナが少しだけ笑った。 「その言葉、昨夜もレインに言ったでしょう」「言いました」「同じ言葉が、自然に出てくるようになったんだね」フィオナが穏やかに言った。「前のあなたには、なかった言葉だと思う」「そうかもしれません」「いい変化だと思う」 フィオナが手を差し出した。 エリナはその手を両手で握った。
謁見が終わって、王宮を出たのは昼過ぎだった。 アルバ殿下が廊下で待っていた。 「よくやりました、エリナ殿」「ありがとうございます。殿下の準備がなければ、今日はなかった」「王都のデータは、効きましたね」 殿下が少し笑った。「右側の列が、ざわついた」「見えていました」「父上は、満足そうでした。あの顔は、久しぶりに見た。一年前に、『わくわくしている』と言いましたが、今日はそれ以上でしたよ」 エリナは少しだけ、その言葉を受け取った。 「殿下、商会の代表についてお願いがあります」「ゴードンさんから聞きました。昨夜、連絡をいただいた」「はい。正式にエリナ・アッシュフォードの名で商会を持てるよう、陛下にご確認いただけますか?」「すでに父上に話しました。年齢の問題は、特例として認めていただける方向です。正式な書類は、来週中に届きます」「ありがとうございます」「アッシュフォード商会の代表が、アッシュフォードの名前になる。当然のことですから」 王宮の外で、師匠とレインが待っていた。 師匠がエリナに言った。 「一つだけ言っておく」「はい」「今日の発言で、一番良かった部分を教えてもいいか?」「ぜひ」「クロヴェルへの返答だ」 師匠が静かに言った。「感情で返さなかった。でも、感情がないふりもしなかった」 エリナはフィオナが昨日言っていた言葉を思い出した。 「感情がないふりもしなくていい、という言葉を、昨日フィオナからもらいました」「賢い子だ、フィオナ殿は。あの返答には、あなたがいた。数字だけではなかった」「届きましたか?」「届いた。俺には届いた。他の人間にも届いたと思う」 師匠が一歩退いた。 「俺はこれで失礼する。よくやった」「先生、ありがとうございました。一年間、本当に」「礼
謁見の日の朝、エリナは四時間ほど眠った。 眠れると思っていなかったが、眠れた。 目が覚めた時、空はまだ暗かった。でも、もう眠れなかった。 起きて、顔を洗って、薬草茶を作った。 ルナが持たせてくれた葉を使った。 温かい湯呑みを両手で持って、部屋の窓から外を見た。 王都の夜明け前。 ルシェムとは違う空の色だった。でも、夜明け前が静かなのは、どこでも同じだった。 今日、謁見の間に立つ。 もう一度、確認した。 怖い。でも、届けたい。 それだけでいい。 朝食を三人で食べた。 フィオナが、珍しく静かだった。 いつもは何か言う人だが、今朝は食べながらあまり口を開かなかった。 エリナが「どうかしましたか?」と聞くと、フィオナが少し笑った。 「緊張してる」「フィオナが?」「私も人間だから。あなたが緊張するより、私が緊張してる気がする」「なぜですか?」「あなたが上手くいくかどうかを、見ている立場だから。自分が話すより、大事な人が話すのを見ている方が、緊張する」 エリナは少しだけ、その言葉を受け取った。 大事な人が話すのを見ている方が、緊張する。 「フィオナ」「何?」「今日、謁見の間に入れますか?」「入れない。謁見の場に入れるのは、名前がある人間だけ。私には、今は資格がない」「そうでしたか」「廊下で待ってる。終わったら、すぐ出てくるでしょう。その顔を見る」「どんな顔をしていると思いますか?」「わからない。でも、見たい顔をしていると思う」 謁見の前の十分間は、王宮の廊下の一角で過ごした。 フィオナ、ゴードン、エリナの三人。 廊下は石造りで、冷たかった。外の空気が、石を通して伝わってくる。 エリナは上着の内ポケットに手を当てた。 手紙が、ある。 フィオナが言った。 「今日の目標を、一つだけ確







